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この記事でわかること
✓ 収録されている全6編の、ネタバレなしの簡単なあらすじ
✓ 各物語の結末やどんでん返しを含む、ネタバレありの詳細なあらすじ
✓ 作品全体を貫くテーマと「満願」というタイトルの本当の意味
✓ NHKで放送されたドラマ版のキャスト、見どころ、視聴方法
史上初のミステリーランキング3冠を達成した、米澤穂信さんの傑作短編集『満願』。その輝かしい評価とは裏腹に、多くの読後感は「スッキリしない」「後味が悪い」というものです。
なぜ、これほどまでに評価の高い作品が、読者をこれほど複雑な気持ちにさせるのでしょうか?
本記事では、米澤穂信『満願』のネタバレなしの簡単なあらすじから、収録されている全6編の衝撃的な結末、物語の核心に迫るテーマまでを徹底的に解説します。
各物語に隠された登場人物たちの「強烈な願い」を知ったとき、この作品がただのミステリーではないことが、きっとおわかりいただけるはずです。

読み終えた後、あなたもきっと誰かにこの「後味の悪さ」の正体を語りたくなるでしょう。
小説『満願』のあらすじと魅力をネタバレなしで紹介

本作の「後味の悪さ」の正体に触れる前に、次の内容にて『満願』の基本的な情報を押さえましょう。
- 小説『満願』とは?作品の魅力と評価【ネタバレなし】
- 全6編のあらすじを大まかに紹介【ネタバレなし】
- ドラマ版『満願』も必見!キャストや配信情報まとめ
小説『満願』とは?作品の魅力と評価【ネタバレなし】
米澤穂信さんの『満願』は、6つの独立した物語で構成されたミステリー短編集です。
この作品は2015年版の「このミステリーがすごい!」など、主要なミステリーランキングで1位を独占しました。そして史上初の3冠を達成したことでも知られています。
さらに山本周五郎賞も受賞するなど、専門家からも読者からも非常に高く評価されている一冊です。
人間の「願い」が引き起こす後味の悪い結末
『満願』の最大の魅力は、人間の心の奥底に潜む「願い」が引き起こす、少しぞっとするような結末にあります。
一般的なミステリーのように、犯人当てやトリックの解明が中心ではありません。

むしろ登場人物たちの心理がじわじわと明かされることで、物語の世界が一変する驚きを味わえるでしょう。
交番勤務の警察官や海外で働くビジネスマンなど、様々な立場の人々が主人公となり、それぞれが異なる「謎」に直面します。
ただ全体的に物語は暗く、読後感がすっきりしない「後味が悪い」と評される作品も含まれています。そのため明るく爽快なミステリーを求める方には、少し重く感じられるかもしれません。
しかしそのずっしりとした読み応えと、人間の本質に迫るような深みこそが、多くの読者を惹きつけてやまない理由なのです。
全6編のあらすじを大まかに紹介【ネタバレなし】

『満願』には、それぞれ雰囲気の異なる6つの物語が収録されています。ここでは物語の結末には一切触れずに、各編の魅力と簡単なあらすじをご紹介します。
「夜警」
市民を守り殉職した英雄、川藤巡査。しかし彼の上官だけが、その死に拭いきれない疑念を抱いていました。
小心者だった川藤巡査が遺した「うまくいったのに」という謎の言葉。その裏には、英雄の名とは程遠い、ある切実な願いが隠されています。
「死人宿」
失踪した元恋人との関係を修復するため、主人公は山奥の温泉宿を訪れます。しかしそこは「死人宿」と呼ばれる自殺の名所でした。
彼女から「宿泊客の遺書が見つかった」と協力を求められた彼は、自らの名誉挽回をかけて、遺書の持ち主探しという謎解きに挑むことになります。
「柘榴」
家庭を顧みない夫との離婚を決意した母親。
ふたりの娘たちの親権は当然、自分が持つと信じていました。しかし裁判所が下したのは、彼女の常識を覆す無情な判断でした。
この家庭劇の裏で、美しく純粋に見えた娘たちが企てていた、恐ろしい計画とは一体何だったのでしょうか。
「万灯」
東南アジアの地で、日本の未来を左右する天然ガス開発に挑むエリート商社マン。
しかし交渉は難航し、彼は現地の有力者からある非情な条件を突きつけられます。それは「開発に反対するリーダーを殺害せよ」というものでした。
国益という大義と、人として越えてはならない一線の間で彼が下した決断が、やがて自身を追い詰めていきます。
「関守」
「死を呼ぶ峠」の都市伝説を取材するため、フリーライターは伊豆半島の寂れたドライブインに立ち寄ります。
人の良さそうな老婆は、過去の転落事故について雄弁に語り始めます。しかし和やかな世間話が進むにつれて、話の細部に奇妙な矛盾が浮かび上がります。
そして主人公は、自分が決して足を踏み入れてはならない領域に迷い込んだことに気づいていくのです。
「満願」
弁護士である主人公は、学生時代に世話になった恩人、鵜川妙子の弁護を担当します。貞淑で心優しい彼女が犯した殺人。
正当防衛を主張し減刑を目指せたはずなのに、彼女はなぜか自ら控訴を取り下げてしまいました。
主人公が事件を振り返る中でたどり着いた、彼女の行動の裏にある本当の動機。それは常人には理解しがたい、あるひとつの強烈な「願い」のためでした。

6つの物語は、読後にそれぞれ異なる重い余韻を残すことでしょう。
ドラマ版『満願』も必見!キャストや配信情報まとめ

小説『満願』は、その高い評価を受けて2018年にNHKで3夜連続のスペシャルドラマとして放送されました。
原作の6編の中から、特に映像化に適したサスペンス色の強い「万灯」「夜警」「満願」の3編が選ばれています。それぞれが1話完結の物語として丁寧に描かれているのが特徴です。
ドラマ版の大きな魅力は、物語の重厚な雰囲気を再現した実力派俳優たちの名演にあります。各話の主演は、現代の日本を代表する俳優陣が務めました。
各話のダイジェスト
第1夜「万灯」では、西島秀俊さんが仕事への執念から、道を踏み外していく商社マン・伊丹を演じ、東南アジアを舞台にした緊迫感あふれるサスペンスを体現しています。
第2夜「夜警」では、安田顕さんが部下の殉職に違和感を抱く、過去に傷を持つ巡査部長・柳岡を熱演しました。
その苦悩に満ちた表情や静かな語り口は、多くの視聴者から「まさに原作のイメージ通り」「このドラマでもっとも印象に残った」と絶賛されています。
第3夜「満願」では、高良健吾さんが実直な弁護士・藤井を、市川実日子さんが謎めいた下宿の女将・妙子を演じました。ふたりの間に流れる静かで危うい空気感が見事に表現されています。
視聴者の評価とドラマを観る前の注意点
視聴した方からは「原作の持つ、じっとりとした後味の悪さを忠実に映像化している」「映画のようなクオリティで見ごたえがあった」といった肯定的な感想が多く寄せられました。
一流の監督陣が各話を手がけたことで、それぞれが独立した映画作品のような風格を放っている点も、このドラマの魅力といえるでしょう。
一方で注意点もあります。
ドラマは登場人物の内面をセリフで過剰に説明しません。その代わりに、表情や映像の雰囲気で見せる演出が多用されています。
そのため「原作を読んでいないと、登場人物の細かな動機や心理の変化が少しわかりにくい部分があった」という意見も見られました。
小説の持つ緻密な心理描写を先に読んでおくと、映像の奥深さをより一層楽しめるかもしれません。
ドラマ版『満願』の視聴方法
現在、ドラマ版『満願』はU-NEXTなどの動画配信サービスで視聴可能です。
動画配信サービスでは、契約の都合で作品が入れ替わることがよくあります。ご覧になる際は、各サービスの公式サイトで最新の配信状況をご確認ください。
ネタバレあり!小説『満願』のあらすじと各編の謎を徹底解説

ここからは次の内容にて、「満願」の各編の核心に迫るネタバレ解説をお届けします。
※ 各編の衝撃的な結末や、「後味の悪さ」の本当の意味を解き明かしていくので、まだ読みたくない方はご注意ください。
- ① 表題作「満願」解説|衝撃の結末
- ② 「夜警」徹底解説|彼が本当に守りたかったもの
- ③ 「柘榴」徹底解説|なぜ“気持ち悪い”のか?
- ④ 「関守」徹底解説|管理人夫婦が守りたかった秘密
- ⑤ 「死人宿」徹底解説|友人が探していたものの正体
- ⑥ 「万灯」徹底解説|青年が支払った大きな代償
- 「満願」はなぜ難解?タイトルの本当の意味を解説
- FAQ(よくある質問)
① 表題作「満願」解説|衝撃の結末
表題作「満願」の謎の中心は、ある一点にあります。
なぜ下宿の女将(おかみ)・鵜川妙子は、殺人の罪で有罪判決を受けた後、有利に進められたはずの控訴を自ら取り下げたのでしょうか。

弁護士である主人公の藤井は、恩人でもある妙子の不可解な行動に長年悩み続けます。
その答えは、妙子の「満願」、つまり本当の願いが、裁判で軽い刑を得ることとはまったく別の場所にあったからです。
彼女が自らの人生を賭けてでも守りたかったもの、それは夫が作った借金のカタに奪われそうになっていた「先祖代々の掛け軸」でした。
この掛け軸は、単なる高価な骨董品ではなく、彼女の誇りと一族の歴史そのものだったのです。
掛け軸を守るための驚くべき計画
掛け軸を守るため、妙子は極めて冷静かつ大胆な計画を実行します。
借金取りの男を殺害する現場にあえてその掛け軸を飾り、意図的に血痕を付着させました。こうすることで掛け軸は単なる家財ではなく「事件の証-拠品」となります。
そして警察に押収・保管されるため、債権者による差し押さえを免れるのです。これは警察の証拠品保管庫を、世界でもっとも安全な金庫として利用する、驚くべき発想でした。
真相を物語るふたつの「違和感」
主人公の藤井がこの真相に気づくきっかけとなったのは、現場に残されたいくつかの小さな、しかし決定的な違和感でした。
計画殺人を物語るふたつの物証
ひとつは掛け軸に付着した血痕が、もっとも価値のある絵の部分を巧みに避け、修復可能な縁の部分(表装)にだけ付いていたことです。
これは妙子が衝動的に犯行に及んだのではなく、クッションなどで絵をかばいながら、計算して血を付着させたと推測できます。

もうひとつは現場に置かれていた「だるま」が、壁の方を向いていたことでした。
藤井は学生時代、妙子がへそくりから家賃を貸してくれるという、少し後ろめたい行いをする際に、同じようにだるまを後ろ向きにしたことを思い出します。
この行動の繰り返しは、今回の犯行が計画的であったことを強く示唆していました。
控訴を取り下げた本当の理由
そして妙子が控訴を取り下げたのは、裁判中に末期がんであった夫が亡くなり、その死亡保険金で借金を完済できる見込みが立ったからです。
掛け軸が差し押さえられる危険が完全になくなったため、もはや裁判を長引かせる必要はなくなったのです。
妙子にとって、裁判や服役は掛け軸を守るという本当の「満願」を成就させるための、単なる手段であり時間稼ぎに過ぎませんでした。

優しく穏やかな女将の仮面の下に隠された、凄まじい執念が明らかになる、鮮やかな結末です。
② 「夜警」徹底解説|彼が本当に守りたかったもの

物語の新人警官・川藤は、表向きには市民を守るために殉職した英雄とされています。
しかし川藤が本当に守りたかったのは、市民の命のような公的なものではありません。それは自身の過ちによって失われかねなかった、ささやかなプライドと警察官としてのキャリアでした。
物語の真相は、川藤が日頃から見せていた「小心者で、ミスを小細工でごまかそうとする」性格が招いた、ひとつの重大なミスから始まります。
川藤はひとりで交番にいた際、強い興味を持っていた拳銃を不注意に扱い、誤って一発発砲してしまいました。
弾丸は道路を横切り、工事現場の作業員のヘルメットをかすめ、街路樹にめり込みます。警察官にとって拳銃の暴発と弾丸の紛失は、キャリアを絶たれかねないほどの大失態です。
ミスを隠すための卑劣な計画
この絶体絶命の状況から逃れるため、川藤は恐ろしくも周到な計画を立てます。
それは「正当防衛として発砲せざるを得ない状況」を自ら作り出すことでした。そしてその騒ぎの中で、回収した一発をごまかしてしまおう、と考えたのです。

当該計画の駒として利用されたのが、以前からDVの相談で交番を訪れていた夫婦の夫です。
川藤は夫の深い嫉妬心に目をつけ、「奥さんが交番の警官と浮気している」という悪質な嘘の情報を匿名で吹き込みました。
これにより夫は激高し、刃物を持って暴れるという、川藤が望んだ通りの状況が作り出されたのです。
しかしこの計画には大きな誤算がありました。川藤は発砲には成功したものの、逆上した夫の最後の抵抗によって刺され、命を落としてしまったのです。
川藤が死の間際に呟いた「うまくいったのに」という言葉は、市民を守れたことへの安堵などではありません。
自身のミスを隠蔽するための計画が、あと一歩で完璧に成功するはずだったのに、という身勝手な無念の言葉だったのです。
つまり世間から賞賛された川藤の「英雄的行動」とは、実際にはすべてが自分自身を守るためだけに仕組んだ、卑劣な自作自演の悲劇でした。
③「柘榴」徹底解説|なぜ“気持ち悪い”のか?

「柘榴」の物語が、多くの読者に「気持ち悪い」という強烈な印象を残すのには、明確な理由があります。
それは一見すると普通の家庭の離婚問題に見える物語の裏で、幾重にも重なった人間の歪んだ愛情と、底知れない悪意が静かに進行しているからです。
その不気味さは、物語の真相が明らかになるにつれて、段階的に読者の常識を侵食していきます。

まず物語の不気味さの根源には、父親である佐原成海の存在があります。
成海は定職に就かず家庭を顧みない「ダメな男」ですが、なぜか女性を惹きつけてやまない不思議な魅力を持っています。
この理屈では説明できない彼の存在が、母と娘たちの愛情を健全なものから、歪んだ独占欲へと変質させる触媒となっているのです。
母への裏切りと、妹への嫉妬
ひとつ目の衝撃は、娘たちによる母親への冷徹な裏切りです。
離婚協議において、姉の夕子が主導し、妹の月子と共に自らの身体を傷つけ、「母親から虐待を受けた」と偽りの証言をします。
自分たちを献身的に育ててくれた母親を、計算ずくで陥れるこの行為だけでも、十分に常軌を逸しています。
父を巡る、母と娘の歪んだ競争
しかしその裏切りの本当の動機が明らかになることで、物語はさらに背徳的な領域へと踏み込みます。
夕子の目的は、生活能力のない父親を助けるためなどではありませんでした。彼女は父親に対し、ひとりの女性としての独占欲と恋愛感情を抱いていたのです。
母親がかつて夫を「トロフィー」と見なしたように、夕子もまた父親を母親から奪い取るべき「トロフィー」だと考えていました。
母と娘が同じ男性を巡って静かに争うこの構図こそが、物語に言いようのない嫌悪感を与えています。
ライバルを排除するための冷徹な計画
そして最後に、この物語の「気持ち悪さ」を決定づける、もっともゾっとする真相が明かされます。

夕子が妹の月子を計画に巻き込んだのは、ただ父親と暮らすためだけではありませんでした。
彼女は自分と同じく美しく成長していく妹が、将来的に父親の愛情を自分から奪う「ライバル」になる可能性を冷静に分析します。そしてその脅威を事前に排除しようと考えたのです。
虐待を偽装する際に、月子の背中にわざと一生消えない醜い傷を付けたのは、彼女の女性としての価値を損なうための、極めて残忍で計算高い行為でした。
物語の最後の一文は、傷を負った妹に向けられた夕子の冷酷な本心を表しており、読後、強烈な嫌悪感と恐怖を植え付けます。
美しく穏やかな家族の日常という仮面の下に隠された、底知れない悪意。それがこの物語の「気持ち悪さ」の正体です。
④ 「関守」徹底解説|管理人夫婦が守り続けた秘密

この物語は都市伝説の取材に訪れたフリーライターが、一見人の良さそうな老婆の話術に引き込まれ、恐ろしい真相にたどり着いてしまうまでを描いています。

全体として、ホラーテイストの強い作品といえるでしょう。
峠で起こる連続事故の真相は、超常現象などではありませんでした。ドライブインを営む老婆とその一味が守り続けた、ある「秘密」にその原因はありました。
すべての事件の発端となったその秘密とは、4年前に起きた「最初の殺人」です。当時、老婆の娘が暴力的な夫から逃れるため、幼い孫を連れてドライブインに身を寄せていました。
しかし夫はそこまで追いかけ、孫を無理に連れ去ろうとします。そのとき、娘は衝動的に、店の近くにあった石仏で夫を殴り殺してしまいました。
老婆とその夫は、娘の罪を隠すため、この殺人を崖からの転落事故に見せかけて偽装したのです。これが守るべき最初の秘密となります。
秘密を守るための連続殺人
しかしこの秘密を守り通すために、老婆はさらなる罪を重ねることになります。
その後、ドライブインを訪れた客の中に、この秘密に近づく者が現れるたびに、老婆は彼らを事故に見せかけて殺害していきました。
例えば、凶器となった石仏が接着剤で補修されていることに気づいて騒いだ客や、石仏を観光資源として詳しく調査しようとした役人などが、次々と犠牲者となったのです。
老婆の冷徹な犯行手口
老婆は人の良さそうな顔で客と世間話をしながら、睡眠薬を混ぜたコーヒーを飲ませます。そして客が意識を失ったところを車に乗せて崖から突き落とす、という冷徹な手口を繰り返していました。
つまり峠の連続事故とは、娘の罪というひとつの秘密を守るためだったのです。老婆が「関所の番人(関守)」となり、秘密に近づく者を冷徹に排除し続けた結果でした。
そして和やかな取材だと思い込んでいた主人公もまた、真相に気づいたときにはすでに手遅れ。老婆の罠にはまり、彼自身が都市伝説の新たな犠牲者となってしまうのです。
⑤ 「死人宿」徹底解説|友人が探していたものの正体

この物語の結末には、読者の思い込みを巧みに利用した、二重の仕掛けが施されています。

主人公の元恋人・佐和子が探していたのは、表向きには「一通の遺書の書き主」でした。
主人公は過去に彼女の苦悩を理解できなかった自分を恥じ、名誉挽回をかけてこの謎解きに挑みます。そして見事にひとりの男性の自殺を食い止め、物語は解決したかのように見えます。
しかしこの話の本当の恐ろしさは、「自殺しようとしていたのは、ひとりだけではなかった」という、その後の展開にあります。
物語の中心は、「三人の宿泊客のうち、誰が遺書の持ち主か」という、ミステリーとして非常にわかりやすい謎解きに置かれています。
読者も主人公と共に、このひとつの謎に集中するため、ひとりの自殺を防いだ時点で「事件は解決した」と安心してしまうように設計されているのです。
この一時的な安心感が、結末の衝撃をより一層際立たせます。
見過ごされたSOS
翌朝、別の宿泊客だった女性が亡くなっているのが発見されます。
主人公が彼女の部屋で特に気に留めなかった「桜模様の浴衣」。それは、実は彼女が死装束として密かに持参したものだったのです。
それは自殺の明確なサインでしたが、最初の論理的な謎解きに気を取られていた主人公は、その静かなSOSにまったく気づくことができませんでした。
主人公に突き付けられた、変わらない現実
つまりこの物語の本当のテーマは、単なる犯人当てではありません。
元恋人の佐和子は、主人公が過去に彼女の苦しみに気づけなかったことを責めていました。今回、彼は論理的な推理でひとつの命を救えました。
しかしもうひとりの発する静かな心の叫びには、耳を傾けることができず、結局は人の心を深く理解するという点では「変わっていなかった」ことを突き付けられるのです。
読後にはパズルは解けても、人の心を本当に救うことの難しさ、そしてわかったつもりになっていただけの自分の限界という、重くやるせない気持ちが残ります。
⑥ 「万灯」徹底解説|青年が支払った大きな代償

仕事への強い使命感を持ち、日本の未来のために身を捧げてきた商社マンの伊丹。
伊丹はバングラデシュでの天然ガス開発という大きな目標を達成するため、ふたつの重大な罪を犯します。
しかしその結果として、彼が支払うことになった代償は、あまりにも皮肉で、そして絶望的なものでした。

伊丹は自らの仕事を、「資源という名の神」に仕える聖なる使命だと信じていました。
そのため開発の障害となる現地の有力者を、ライバル会社の社員・森下と共謀して殺害することに、大きなためらいはありません。
さらに犯行後に、罪の意識から口を割りそうになった森下を、日本で口封じのために殺害し、完璧な隠蔽工作を図りました。
予期せぬ「裁き」
しかし伊丹の計算し尽くされた計画は、まったく予期せぬ目に見えない存在によって崩壊します。
それは森下がバングラデシュで感染していた「コレラ菌」でした。伊丹もまた、森下と接触した際にコレラに感染してしまいます。
伊丹は日本入国時の検疫では陰性だったため、もし国内でコレラの診断を受ければ、感染源である森下と会っていたことが医学的に証明されてしまいます。
そうなれば行方不明になっている森下の殺害容疑が、自分にかかることは避けられません。
このため伊丹は、病気を治療すれば殺人犯として捕まり、治療しなければ病で死ぬという、逃げ場のない究極の状況に追い込まれます。
伊丹が日本の「万灯」の光、つまり豊かな未来のために犯した罪。
それは彼が異国の地で耳にした昔話の「疫病神」のように、目に見えない病原菌という絶対的な存在によって「裁かれる」ことになったのです。

自らの未来を完全に閉ざされた伊丹が支払った代償は、あまりにも大きなものでした。
「満願」はなぜ難解? タイトルの本当の意味を解説

小説『満願』を読み終えたとき、「面白かったけれど、なんだかスッキリしない」「結局、何が言いたかったのだろう?」と感じる方は少なくありません。
物語の筋が複雑なわけではないのに、なぜか難解に感じられる。
その理由は本作品が一般的なミステリーの定石を巧みに裏切っているからです。そしてその謎を解く最大の鍵は、タイトルである「満願」という言葉そのものに隠されています。
まず「満願」とは、文字どおり「強く抱いていた願いが、ついに満たされること」を意味します。
そして短編集に収められた6つの物語すべてにおいて、登場人物の誰かの、ときには人生を賭けるほどに強烈な「願い」は、確かに成就しているのです。
主人公ではない誰かの「満願」
しかしここからが本作品のもっとも巧みで、そして恐ろしい点です。その願いを叶えるのは、ほとんどの場合、物語の語り手である主人公ではありません。
むしろ主人公は、自分以外の誰かの、しばしば歪んだり、身勝手だったりする「満願」が成就するための駒として利用されます。
あるいは、その瞬間を無力に目撃させられたりする役割を担っているのです。
例えば、表題作「満願」では、弁護士である主人公の「恩人を救いたい」という願いは、女将の「掛け軸を守りたい」という凄まじい執念の前に、単なる時間稼ぎの手段として利用されていました。
「柘榴」では、母親の「娘たちの幸せな将来を」という当然の願いが、姉の「父を独占したい」という背徳的な願いによって無残に打ち砕かれます。
「夜警」においても、殉職した警官の「自分のミスを隠蔽したい」という自己中心的な願いが、上官である主人公の苦悩の上で(本人の死という皮肉な形で)達成されるのです。
主人公と共に味わう「敗北感」
読者は常に主人公の視点で物語を追体験するため、この構造は読後感に直接影響します。
事件の真相が明らかになったとき、私たちが感じるのは謎が解けた爽快感ではありません。
むしろ自分たちが応援していた主人公が敗北し、その裏で誰かの恐ろしい願いが静かに叶えられたという、一種のやるせなさや恐怖なのです。

つまり本作品のタイトル「満願」は、願いが叶うことの美しさや達成感を語るのではありません。
ひとつの強烈な願いが成就する裏では、必ず他の誰かの想いが踏みにじられ、大きな犠牲が払われているという、世界の冷徹な真実を描き出しているのです。
この皮肉な構造を理解したとき、本作の「難解さ」は、忘れがたい深みと文学的な魅力へと変わるはずです。
FAQ(よくある質問)

Q1. 表題作『満願』の結末の意味がよくわかりません。解説してください。
前述のとおり、この物語の結末は、女将(おかみ)・鵜川妙子の本当の願い、つまり「満願」が何であったかを理解することが鍵となります。
妙子の本当の願いは、軽い刑罰ではなく、借金のカタに奪われそうになった家宝の「掛け軸」を守ることでした。
そのために殺人を犯して掛け軸を「証拠品」として警察に保管させ、差し押さえを免れたのです。
その後、夫の死亡保険金で借金を返済できる見込みが立ったため、もはや裁判で時間稼ぎをする必要がなくなり、控訴を取り下げました。
この結末は妙子の凄まじい執念が、ついに願いを成就させた瞬間を描いています。
Q2. 『満願』は怖い話ですか?
はい、怖いと感じる方が多い作品です。ただしお化けや幽霊が出てくるようなホラーではありません。
この物語の怖さは、人間の心の奥底に潜む「心理的な恐怖」にあります。普段は穏やかに見える人物が、自分の願いを叶えるためには冷徹な判断を下したり、常識では考えられない行動に出たりします。
「関守」は都市伝説のような不気味さがあり、特にホラーに近いですが、他の作品は人間の嫉妬や執念、自己保身といった感情がじわじわと明らかになる怖さです。

人の心の闇や、日常に潜む狂気が怖いと感じる方にとっては、非常にスリリングな作品集といえるでしょう。
Q3. イヤミスが苦手でも読めますか?
正直に申し上げて、挑戦的な一冊になるかもしれません。
『満願』は、物語の結末がすっきりせず、後味の悪さが残る「イヤミス(読んだ後に嫌な気分になるミステリー)」の要素を色濃く持っています。
ほとんどの物語で、主人公が救われない、あるいはやるせない真実だけが残る結末を迎えます。
ただ単に不快なだけの物語ではありません。
なぜそのような結末に至ったのかという論理は非常に精巧に組み立てられており、その構成の見事さや文章の美しさは高く評価されています。
もし、後味の悪さよりも、巧みな物語の仕掛けや深い人間心理の描写に強く惹かれるのであれば、試してみる価値は十分にあります。
まずは、比較的ミSTEリー要素の強い「死人宿」など、一編だけ読んでみてご自身の好みと合うか確かめるのも良い方法です。
Q4. ドラマはどこで見られますか?
2018年にNHKで放送されたドラマ版『満願』は、動画配信サービスで視聴することが可能です。
2025年8月時点の情報では、主にU-NEXTなどで見放題配信されています。ただし配信状況は頻繁に変わる可能性があります。
そのためご視聴の際は、U-NEXTやJ:COM STREAMといった各サービスの公式サイトで、最新の配信情報を確認することをおすすめします。

なおNetflixやAmazonプライム・ビデオでは現在配信されていないようです。
小説『満願』のあらすじとポイント総まとめ

『満願』を徹底解説しました。本作品が傑作と呼ばれるのは、登場人物の強烈な「願い」が叶う瞬間に、爽快さではなく人間の本質という、ずっしりとした余韻を読者の心に残すからです。
それでは最後にポイントを箇条書きでまとめます。
- 米澤穂信による6編の物語を収録したミステリー短編集である
- 史上初のミステリーランキング3冠を達成し、高い評価を得ている
- 犯人当てよりも、登場人物の心理や動機に焦点を当てた物語が多い
- 読後に重い余韻が残る「イヤミス」として知られている
- タイトルの「満願」は主人公以外の誰かの歪んだ願いが叶うことを指す
- 【満願】女将は家宝の掛け軸を守るため、すべてを計算して殺人を犯す
- 【夜警】新人警官は自身のミスを隠蔽するため、英雄的な殉職を計画する
- 【柘榴】姉は父親を独占したいという歪んだ愛情から、母と妹を陥れる
- 【関守】ドライブインの老婆は、娘の過去の殺人を隠すため客を手に掛け続ける
- 【死人宿】主人公はひとつの謎を解くも、もう一人の発するSOSを見過ごす
- 【万灯】商社マンの完全犯罪が、予期せぬコレラ菌によって崩壊する
- 2018年にNHKで3夜連続のスペシャルドラマとして映像化された
- ドラマ化されたのは「万灯」「夜警」「満願」の3編である
- ドラマ版は西島秀俊、安田顕、高良健吾といった実力派俳優が主演
- 動画配信サービスU-NEXTなどで視聴が可能となっている
最後までお読みいただき、ありがとうございました。書評ブロガーのヨミトでした。【詳しいプロフィールはこちら】
参考情報
新潮社『満願』特設ページ