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この記事でわかること
✓ 孤独を抱えた女性と少年が出会い、互いに救い合う物語の概要
✓ 物語を動かす主要な登場人物と、彼らの複雑な人間関係
✓ 「52ヘルツのクジラ」に込められた孤独や声なき声という作品のテーマ
✓ 物語の感動ポイントや名言、そして映画版の概要と世間の評価
あなたの声は、誰かに届いていますか?
2021年本屋大賞を受賞し、日本中を感動で包んだベストセラー小説『52ヘルツのクジラたち』。そのタイトルは他の仲間には聞こえない声で鳴く、「世界でもっとも孤独なクジラ」に由来します。
なぜこの物語は、これほどまでに多くの人の心を掴んで離さないのでしょうか。

本記事では、『52ヘルツのクジラたち』のあらすじ、登場人物、そして物語の深い魅力や考察を解説。
それだけでなく、一部で語られる批判的な感想や映画版との違いにも触れ、あらゆる角度から作品を徹底解剖していきます。
読み終える頃には、この物語が持つ本当の意味と、その感動の理由がきっとわかるはずです。
『52ヘルツのクジラたち』のあらすじと基本情報
【ご報告🐋】
— 町田そのこ『52ヘルツのクジラたち』公式@累計100万部突破! (@52hzwhaleschuko) November 22, 2024
町田そのこさんの
文庫『52ヘルツのクジラたち』に11刷重版がかかりました。
この重版で、単行本、文庫、電子書籍の累計が
100万部を突破しました!!
単行本の刊行が2020年4月。
約4年半の歳月をかけて、こんなに大きな作品になりました。
みなさま、本当に有難うございました!! pic.twitter.com/jpLJ7fn8MF
この章ではまだ作品を読んでいない方でも楽しめるように、ネタバレなしのあらすじや登場人物、物語の魅力などを中心に解説していきます。次の構成順にてお伝えします。
- 小説『52ヘルツのクジラたち』の基本情報
- 簡単なあらすじ【ネタバレなし】
- 主な登場人物と相関図
- 『52ヘルツのクジラたち』の魅力と感動ポイント
- 【読者の心を揺さぶる】印象的な場面の数々
- 【心に刺さる言葉の力】散りばめられた名言
- 映画版『52ヘルツのクジラたち』情報まとめ
小説『52ヘルツのクジラたち』の基本情報
最初に、小説『52ヘルツのクジラたち』の書誌情報や受賞歴など、基本的な情報をまとめました。
作者と作品の背景
作者は町田そのこさんです。本作が初の長編小説であり、2021年の本屋大賞受賞によって一躍ベストセラー作家となりました。『星を掬う』など、他にも多くの人気作を発表しています。
中央公論新社より、2020年4月21日に単行本として刊行されました。その後大きな反響を呼び、2023年5月25日には文庫版も発売され、累計発行部数は100万部を突破しています。
100万部を突破した経緯は次のとおりです。
イベント | 時期 | 詳細 |
単行本刊行 | 2020年4月 | 初版6,000部で発売 |
本屋大賞受賞 | 2021年4月 | 2021年本屋大賞(第18回)を受賞 |
受賞直後の増刷 | 2021年4月 | 19万部の増刷、累計34万部に到達 |
さらなる増刷 | 2021年5月 | 累計41万部を突破 |
文庫版刊行時 | 2023年5月 | 累計48万部と報道 |
映画公開と100万部突破 | 2024年3月 | 映画公開に合わせ、累計発行部数100万部と発表 |
ページ数と読了時間
ページ数は単行本で264ページ、文庫版で320ページです。物語に引き込まれるため一気に読み進める方が多く、読了時間の目安は4時間から5時間ほどとなっています。
輝かしい受賞歴
本作の評価の高さをもっとも象徴するのが、数々の輝かしい受賞歴です。
2021年本屋大賞 第1位
全国の書店員が「いま一番売りたい本」を選ぶ賞として知られ、この受賞が大きな話題となりました。その他の、受賞は次のとおりです。
- 「王様のブランチ」BOOK大賞2020
- 「読書メーター オブ・ザ・イヤー 2020」総合1位
- 第4回未来屋小説大賞
簡単なあらすじ【ネタバレなし】

『52ヘルツのクジラたち』は、心に深い傷を負った女性と、声を出せない少年が出会うことから始まる、魂の再生を描いた物語です。
孤独な魂たちの出会い
主人公の三島貴瑚(みしま きこ)は、家族に人生を搾取されてきた過去から逃れるように、東京を離れて大分の海辺の町へひとりで移り住みます。
誰とも関わらず静かに暮らすことを望んでいましたが、そこで母親から「ムシ」と呼ばれ虐待を受けている、言葉を話せない少年と出会うことになりました。
声なき声の象徴として
かつての自分と同じように、誰にも届かない声で助けを求める少年の姿を見て、貴瑚は彼を救い出すことを決意します。
タイトルの「52ヘルツのクジラ」とは、他の仲間には聞こえない周波数で鳴く、世界でもっとも孤独なクジラを指します。
この物語では、社会の中で孤独を抱え、声なき声を上げる人々の象徴として描かれているのです。
ふたりの出会いが、それぞれの過去とどう向き合わせ、未来にどのような希望を見いだしていくのか。
読み進める手が止まらなくなる、切なくも温かい感動作となっています。
主な登場人物と相関図

本物語の深みは、それぞれが声なき声を抱え、複雑な過去を背負った登場人物たちの人間関係によって形作られています。
各人物らがどのように関わり合うのかを理解することが、物語を深く味わう鍵となります。ここでは、主要な登場人物を関係性ごとに整理して紹介します。
【孤独な魂を寄せ合うふたり】
三島 貴瑚(みしま きこ)
主人公の女性。家族から人生を搾取されたつらい過去から逃れ、大分の町へ移住します。他人の痛みに敏感で心優しいですが、心を閉ざしがちな一面も持ち合わせています。
少年(愛〈いとし〉)
貴瑚が町で出会う、言葉を話せない少年。母親から「ムシ」と呼ばれ虐待を受けています。貴瑚に、救われるべきかつての自分を重ねさせる存在です。
【貴瑚の過去に関わる人々】
岡田 安吾(おかだ あんご) / アンさん
貴瑚を絶望的な状況から救い出した最大の恩人。誰よりも人の痛みがわかる優しさをもつ一方で、自身もまた大きな秘密と苦しみを抱えています。
牧岡 美晴(まきおか みはる)
貴瑚の高校時代からの唯一無二の親友。貴瑚を心から心配し、大分まで駆けつけて行動を共にする、力強い味方です。
新名 主税(にいな ちから)
貴瑚の元恋人で、会社の専務。一見すると魅力的で頼りがいがありますが、次第に歪んだ支配欲を見せ、彼女を苦しめます。
【大分の町で出会う人々】
村中 眞帆(むらなか まほろ)
家の修繕にきた地元の青年。不器用ですが裏表のない真っ直ぐな性格で、よそ者である貴瑚の数少ない理解者となっていきます。
琴美(ことみ)
少年の母親。育児を放棄し、息子に虐待を加えています。
品城(しなぎ)
少年の祖父であり、琴美の父親。元校長という体面を気にし、孫の状況を見て見ぬふりをします。
物語は、主人公の貴瑚を中心に進みます。
「過去」の因縁であるアンさんや主税と、「現在」の新たな絆である少年や村中が交錯するのです。
登場人物たちは、「救う者」と「救われる者」、また「加害者」と「被害者」という単純な関係では割り切れない、それぞれの痛みや孤独を抱えています。
そこに注目することで、この物語の本当の魅力が見えてくるでしょう。
『52ヘルツのクジラたち』の魅力と感動ポイント

※ この欄は物語のネタバレを含みますので、未読の方はご注意ください。
本作の最大の魅力は、深い孤独と絶望のなかから見出される「希望」と「人との繋がり」を描いている点にあります。
絶望のなかに見出す希望と繋がり
物語は、虐待やヤングケアラーといった重いテーマを扱っていますが、読後には不思議と温かい気持ちが残ります。
誰にも声が届かない「52ヘルツのクジラ」を、社会で孤独を抱える人々の象徴として描いているのです。
登場人物たちが互いの「声」に気づき、寄り添う姿は、読者に大きな感動を与えてくれます。
「魂の番」という新しい絆
また、人間愛にあふれた登場人物の存在も大きな魅力です。
主人公を救うアンさんや親友の美晴のように、血の繋がりを超えた「魂の番」と呼べるような深い絆が描かれています。彼らの無償の優しさが、物語全体に温かさをもたらしているのでしょう。
温かい読後感をもたらす結末
物語が希望のある結末を迎える点も見逃せません。
辛い現実を描きながらも、最後には再生への一歩を踏み出す姿が描かれ、読者に救いを与えてくれます。
ただ悲しいだけではない、人の温かさと生きる力強さを感じられる点が、多くの読者の心を掴む理由だといえます。
【読者の心を揺さぶる】印象的な場面の数々

『52ヘルツのクジラたち』には、読者の記憶に深く刻まれる印象的な場面が数多く存在します。
胸が締め付けられるような辛い場面から、人の優しさに涙する温かい場面まで、登場人物たちの感情が鮮やかに描かれています。
絶望からの解放
主人公の貴瑚が人生に絶望していた時にアンさんと出会う場面は、物語の特に大きな転換点です。
追い詰められた彼女にかけられた「それは『呪い』というんだ」という言葉は、彼女を長年の苦しみから解放するきっかけとなり、多くの読者の心に響きました。
魂が繋がり始める瞬間
また、貴瑚が虐待されていた少年に「52」と名付ける場面も忘れられません。これは彼の誰にも届かない声を貴瑚が聴き、孤独を分かち合おうとする最初の意思表示です。
ふたりの魂が繋がり始める、象徴的な瞬間といえるでしょう。
声が届いたクライマックス
そして声を出せなかった少年が、物語のクライマックスで初めて貴瑚の名前を叫ぶ場面は、涙なしには読めないはずです。
声にならない叫びがようやく相手に届いた瞬間であり、この物語が描く救済と希望が集約されています。
これらの場面は、単なる物語の展開に留まらず、登場人物たちの魂の震えを読者に直接伝える力を持つのです。
【心に刺さる言葉の力】散りばめられた名言

※ この欄は物語のネタバレを含みますので、未読の方はご注意ください。
『52ヘルツのクジラたち』の大きな魅力のひとつは、登場人物たちが紡ぐ、心に深く突き刺さる言葉の力です。
それらは単なるセリフに留まらず、人生を大きく動かすきっかけや、暗闇を照らす光として機能しています。ここでは特に物語の核となる名言を、その背景と共に紹介します。
「恩」を「呪い」と捉え直す言葉
家族からの搾取と義父の介護によって心身ともに追い詰められ、貴瑚が「恩返し」という言葉に縛られていた時、アンさんは彼女にこう告げます。
「死ぬくらい追い詰めてくるものはもう『恩』とは呼べないんだよ。それは『呪い』というんだ」
「恩」だと思い込んでいたものが、実は自分を蝕む「呪い」であったと気づかせるこの一言は、彼女が虐待的な家庭から逃げ出すための、力強い後押しとなりました。
救いの連鎖を誓う言葉
かつての自分と同じように、母親から虐待され心を閉ざした少年と向き合った貴瑚は、決意を込めてこう宣言するのです。
「わたしは、あんたの誰にも届かない52ヘルツの声を聴くよ」
これはかつて、アンさんが自分の声を聞いてくれたように、今度は自分が少年の声を聞く側になるという「救いの連鎖」の始まりを意味する言葉です。彼女の強い覚悟が表れています。
未来への希望を示す言葉
新しい人生を歩み始めたものの、孤独を感じる貴瑚に対して、アンさんは優しく未来を示します。
「第二の人生では、キナコは魂の番と出会うよ」
恋愛や友情だけでは言い表せない、魂レベルでの深いつながりの可能性を示すこの言葉は、貴瑚にとって大きな希望となりました。

誰にも声が届かないと感じる孤独な魂にも、必ず寄り添う存在がいるという、本作のテーマを象徴する言葉です。
言葉が人生の道標となる
以上のように、作中に散りばめられた言葉たちは、登場人物たちの心を支える道標であると同時に、物語に圧倒的な深みを与えています。
読者はこれらの言葉を通して、登場人物と共に痛み、そして希望を見出していくことになるでしょう。
映画版『52ヘルツのクジラたち』情報まとめ
2021年の本屋大賞受賞作である本作は、2024年3月1日に実写映画として公開され、多くの感動を呼びました。
ここでは映画版の基本情報から、制作の背景や原作との違いまでを詳しく紹介します。
映画の基本情報
公開日は2024年3月1日です。『八日目の蟬』などで知られる名匠・成島出監督がメガホンを取りました。
主なキャストとして、 主人公・三島貴瑚役を杉咲花さん、貴瑚の人生に大きな影響を与えるアンさん役を志尊淳さんが熱演しています。
その他にも、宮沢氷魚さん、小野花梨さん、桑名桃李さん(少年役)、西野七瀬さん、倍賞美津子さんといった豪華な俳優陣が脇を固めます。

人気ロックバンドのSaucy Dogが、映画のために書き下ろした楽曲「この長い旅の中で」が主題歌です。
物語の舞台となった大分県大分市や、福岡県北九州市などで撮影が行われました。
制作の背景と見どころ
本作は虐待やトランスジェンダーなど非常に繊細なテーマを扱うため、制作陣は並々ならぬ覚悟で臨みました。
主演の杉咲花さんは企画段階から1年以上脚本作りに参加し、役を深く掘り下げたといいます。
また成島監督は、当事者への綿密な取材や専門家の監修を重ね、登場人物たちの痛みが表層的にならないよう、細心の注意を払って物語を映像化しました。
原作との主な違いについて
映画は約2時間という上映時間で物語を再構成しているため、原作とはいくつかの違いがあります。
アンさんの描き方
原作では物語の後半で明らかになるアンさんの秘密が、映画では比較的早い段階で観客に提示されます。
これは原作が書かれた時代からの社会の変化を考慮し、アンさんの痛みを観客と共有するため、原作者の了承を得て変更された点です。
物語の焦点
上映時間の都合上、少年(52)やその周辺人物の描写は原作より簡略化されています。その分、映画は貴瑚とアンさんの魂の繋がりに、より焦点を当てた構成になっています。
映画独自の演出
貴瑚がTHE BLUE HEARTSの「リンダ リンダ」を口ずさむ場面など、原作にはない象徴的な演出が加えられ、彼女の心象風景を豊かに表現しています。
原作の魂を尊重しつつ、映像ならではの表現で新たな魅力を持ったひとつの作品として完成しています。原作を読んでから観るか、観てから読むかで、また違った発見があるでしょう。
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『52ヘルツのクジラたち』ネタバレあらすじと深掘り考察

物語の概要を掴んだところで、ここからは物語の核心に迫るネタバレありのあらすじや、登場人物たちの行動の背景を深く考察していきます。次の構成順にてお伝えします。
- 物語の核心と結末までの詳細なあらすじ【ネタバレあり】
- 物語を深く知るための考察ポイント
- 【考察】物語のキーパーソン「アンさん」とは何者か?
- 本作の批判と「気持ち悪い」と感じる理由
- FAQ(よくある質問)
物語の核心と結末までの詳細なあらすじ【ネタバレあり】
※ この先は物語の結末を含む重大なネタバレに触れますので、未読の方はご注意ください。
救世主アンさんとの出会い
物語は主人公・三島貴瑚の壮絶な過去と、現在のふたつの時間軸で進みます。
貴瑚の過去は、母親の連れ子であるという理由で家族から愛されず、弟だけが可愛がられる日々でした。
義父の介護を一身に背負う「ヤングケアラー」でもあった彼女は心身ともに限界を迎え、人生に絶望します。そんな貴瑚を救ったのが、親友の美晴とその同僚であるアンさんでした。

アンさんは貴瑚を縛り付けていた「恩」を「呪い」だと断じ、彼女を虐待的な家庭から連れ出します。
第二の人生と悲劇の始まり
こうして始まった貴瑚の「第二の人生」で、彼女は会社の専務である新名主税と恋に落ちます。しかし彼には婚約者がおり、貴瑚は愛人という立場でした。
貴瑚の祖母も母も妾(めかけ)の子という境遇だったため、同じ道を歩むことに彼女は深く苦悩します。

貴瑚を案じるアンさんは、主税の浮気を会社と婚約者に密告。これが物語の悲劇的な転換点となるのです。
報復として主税はアンさんの過去を調べ、彼がトランスジェンダー男性であることを突き止め、その事実をアンさんの母親に暴露しました。
故郷にも戻れず、貴瑚を幸せにできないという絶望に苛まれたアンさんは、自ら命を絶ってしまいます。
アンが遺した貴瑚への想いが綴られた手紙を、主税は貴瑚の目の前にて笑顔で燃やしました。その行為に逆上した貴瑚は主税を刺そうともみ合いになり、結果的に自らが腹部を刺されてしまうのです。
大分での新たな出会いと贖罪
この事件をきっかけに、貴瑚はすべてを捨てて大分の祖母の家へ移住したのでした。これが彼女の「第三の人生」の始まりです。
そこで貴瑚は、母親から「ムシ」と呼ばれ虐待されている少年・愛(いとし)と出会います。
アンさんの声なき声を聞けなかったことへの深い後悔と「贖罪」の念から、貴瑚は愛を母親から引き離し、自分が守ることを固く決意します。
声が届いた結末と未来への約束
物語の終盤、再び絶望した愛が海で命を絶とうとした時、貴瑚は彼に「わたしと一緒に暮らそう」と叫び、初めて彼の本当の名前を呼びます。
すると虐待が原因で声を発せなかった愛が、はっきりと貴瑚の名前を叫び返すのでした。
結末として、ふたりがすぐに一緒に暮らし始めるわけではなく、法的な手続きなどを経て、2年後に共に生きることを約束して物語は幕を閉じます。
これは誰にも届かなかったふたりの「52ヘルツの声」が、確かにお互いに届いた瞬間であり、未来への確かな希望の光を象徴しています。
物語を深く知るための考察ポイント

物語のあらすじを理解した上で、いくつかのポイントに注目すると、この作品が持つメッセージをより深く読み解くことができます。
タイトルが複数形である理由
まず、なぜタイトルが『52ヘルツのクジラ』ではなく、複数形の『クジラたち』なのでしょうか。これは誰にも声が届かない孤独な存在が、主人公の貴瑚や少年だけではないことを示唆しています。

貴瑚を救ったアンさんもまた、誰にも理解されない苦しみを抱えた「52ヘルツのクジラ」のひとりでした。
このことから孤独は特別なものではなく、多くの人が抱えうる普遍的な感情として描かれていることがわかります。
「魂の番」という特別な関係性
次に物語で繰り返し語られる、「魂の番(つがい)」という言葉も重要な鍵です。これは恋愛や家族といった関係を超えた、魂レベルで深く結びつき、互いを救い合う存在を指します。
アンさんが貴瑚の「声」を聞いたように、貴瑚もまた少年の「声」を聞きました。この救済の連鎖が物語に希望を与えています。
「贖罪」と「恩」の連鎖
そして貴瑚の行動の根底にある「贖罪」の意識も、考察のポイントといえるでしょう。
貴瑚が少年を救おうとするのは、アンさんを救えなかった後悔からです。しかしその行動は結果として、アンさんから受けた「恩」を次の世代へ繋いでいくことにもなっています。
これらの要素を考えると、本作は単なる救済の物語ではないことがわかります。孤独な魂同士がいかにして繋がり、互いの声を聞き、希望を見出していくかを描いた、重層的な物語なのです。
【考察】物語のキーパーソン「アンさん」とは何者か?

物語の鍵を握る最重要人物、アンさん。
アンさんは単なる主人公の救世主ではなく、自身も深い孤独を抱えた、非常に複雑な人物として描かれています。彼の存在を深く理解することが、この物語を味わう上で不可欠です。
ヒーローとしてのアンさん
まずアンさんは貴瑚にとって、「人生を変えた救世主」です。
家族からの搾取と介護に心身をすり減らし、絶望していた貴瑚の「声なき声」に唯一気づき、「それは呪いだ」という言葉で彼女を長年の束縛から解き放ちました。
言葉だけでなく、実際に行動を起こして貴瑚を家から連れ出し、新しい人生への道筋を作った、まさにヒーローのような存在でした。
自身もまた孤独な当事者
しかし彼が貴瑚を救えたのは、アンさん自身もまた「52ヘルツのクジラ」だったからです。
物語の後半で明かされますが、彼はトランスジェンダー男性であり、母親に受け入れられないという深刻な苦しみを抱えていました。
貴瑚への好意を素直に伝えられないのも、この秘密が関係しています。彼の抱える痛みと孤独が、貴瑚の絶望に深く共鳴したのでしょう。
人間的な弱さと過ち
その優しさの一方で、アンさんの行動には人間的な弱さや危うさも描かれます。
貴瑚に「普通の幸せ」を手に入れてほしいと願うあまり、彼女の恋人である主税の身辺を調査し、その関係を破綻させるという過激な手段に出てしまうのです。
この行動は結果的に主税を豹変させ、貴瑚をさらに不幸な状況に追い込む引き金となりました。
アンさんは完璧な聖人ではなく、愛と嫉妬、そして自らの正義感に揺れるひとりの人間だったことが示されています。
アンさんの死が遺したもの
最終的に自ら命を絶ってしまうアンさんは、本作のテーマをもっとも象徴する存在です。
主税の報復によって秘密を暴露され、過去の絶望へと引き戻される恐怖と、貴瑚を幸せにできない無力感に苛まれた末の悲劇的な選択でした。
アンさんの死は人を救うほどの優しさを持つ人間もまた、誰かに救われるべき孤独な魂であるという、この物語の根幹を読者に突きつけます。
本作の批判と「気持ち悪い」と感じる理由

本作は本屋大賞を受賞するなど高く評価される一方、一部の読者からは手厳しい批判や、「気持ち悪い」といった感想も寄せられています。
ここではそうした意見の主な理由を、より具体的に整理して紹介します。
ご都合主義的な展開
ひとつ目は、物語の展開が「ご都合主義的である」という指摘です。
例えば、主人公を助けてくれる人物が都合よく現れるだけでなく、少年の親戚が里親制度に詳しかったり、クライマックスでクジラが姿を見せたりと、偶然が重なりすぎると感じる意見が見られます。
この点が、物語のリアリティを損なっていると感じるようです。
登場人物の行動への違和感
ふたつ目に、「登場人物の行動や心理に違和感がある」という声も少なくありません。
虐待の被害者である主人公・貴瑚が、初対面の男性に手を上げる攻撃性を見せるなど、その行動に一貫性がないという点です。
また貴瑚を救うアンさんの行動も、目的のためとはいえ恋人の身辺を調査して関係を破綻させる手法が「正義とは言えない」「ストーカーのようだ」と捉えられています。
重いテーマの扱い方への疑問
そして三つ目が、重いテーマの扱い方に関する批判です。
虐待、ヤングケアラー、DV、トランスジェンダーといった多くの社会問題が詰め込まれているため、「不幸のオンパレード」で物語に深みがないという意見があります。
繊細なテーマの描き方への指摘
DV被害者が加害者を庇い自分を責める心理状態から、主人公が最後まで抜け出せないまま物語が終わってしまう点は、特に大きな批判点として挙げられています。
加えて、アンさんの自死が物語を悲劇的に盛り上げるための「装置」に見えるという意見もあり、こうした点がテーマを軽んじているとの厳しい評価に繋がりました。
さらに、26歳の主人公と13歳の少年の関係性に、将来的な恋愛関係を予感させ不快感を覚えた、という声もあります。
多くの読者の心を震わせた感動の裏で、物語のリアリティやテーマの描き方に対する鋭い問いかけもまた、本作が引き起こした大きな反響の一部といえるでしょう。
FAQ(よくある質問)

Q1. 52ヘルツのクジラは本当にいるの? 現在はどうなってる?
はい、実在すると考えられている個体です。1980年代にアメリカの海軍によって、他のクジラとは明らかに違う52ヘルツという高い周波数の鳴き声が初めて観測されました。
一般的なクジラの周波数(10~39ヘルツ)とは異なるため、仲間とコミュニケーションが取れないとされ、「世界でもっとも孤独なクジラ」と呼ばれています。
その正体はシロナガスクジラと他の種のクジラの交配種、あるいは奇形の個体ではないか、と推測されていますが、現在までその姿がはっきりと確認されたことはありません。
近年、似た周波数の鳴き声が複数観測されたという報告もあり、仲間が見つかったのではないかという希望も持たれています。この神秘的な存在が、本作の重要な着想源となりました。
Q2. 『52ヘルツのクジラたち』に続編はありますか?
はい、長編としての直接的な続編はありませんが、物語のその後を描いた短編が発表されています。
2023年5月に刊行された文庫版には、特典として書き下ろしのスペシャルストーリー『ケンタの憂い』が収録されています。
これは本編の結末で未来への希望を見出した貴瑚や愛たちが、どのように過ごしているのかを描いた貴重な物語です。
ふたりの「その後」が気になる方は、ぜひ文庫版を手に取ってみてください。物語の世界をさらに深く楽しむことができるでしょう。
Q3. 作者はどんな人ですか?
作者は、町田そのこさんです。本作で2021年の本屋大賞を受賞し、一躍注目作家となりました。
福岡県在住で、デビュー作で「女による女のためのR-18文学賞」大賞を受賞するなど、以前から高い評価を得ていました。

『52ヘルツのクジラたち』は、町田さんにとって初めての長編小説です。
ご自身の経験から、声なき声を持つ人々に寄り添い、読んだ人が「明日も頑張ろう」と思えるような物語を書きたい、とインタビューで語られています。
人間の痛みや弱さを描きながらも、その先に確かな希望や温かさを見出す作風が、多くの読者の共感を呼んでいます。
『52ヘルツのクジラたち』あらすじと要点の総まとめ

『52ヘルツのクジラたち』が遺したものは、孤独な魂も繋がり合えるという希望と、私たち自身のまわりにある「声なき声」に耳を澄ますことの大切さです。
それでは最後にポイントを箇条書きでまとめます。
- 著者は初の長編で本屋大賞を受賞した町田そのこである
- 全国の書店員が選ぶ「2021年本屋大賞」で第1位に輝いた作品
- 孤独を抱える女性と虐待される少年が出会い、魂を再生させる物語
- タイトルのクジラは誰にも届かない声で叫ぶ人々の象徴
- 主要な登場人物はそれぞれが複雑な過去と深い孤独を背負う
- 主人公を救う恩人アンさんもまた、救いを求める魂であった
- 重いテーマを扱いながらも、読後には希望と温かい感動が残る
- 血縁や恋愛を超えた「魂の番」という深い人間関係が描かれる
- 「恩」を「呪い」と捉え直す言葉が、主人公を過去の縛りから解放する
- 2024年に杉咲花・志尊淳の主演で実写映画化もされている
- 映画版は原作の核を尊重しつつ、設定や構成に一部変更がある
- 物語の悲劇は、キーパーソンであるアンさんの自死によって頂点を迎える
- 結末は単純な幸福ではなく、2年後の未来を約束する現実的な希望である
- 孤独な魂が救い、救われる「救済の連鎖」が物語の大きなテーマ
- 絶賛の一方で、ご都合主義やテーマの描き方に対する批判的な意見も存在する
最後までお読みいただき、ありがとうございました。この記事が、あなたの読書体験の一助となれば幸いです。執筆者はヨミトでした。(運営者プロフィールはこちら)